津久井佳祐は柏戦で危険なタックルにより一発退場となり、2試合の出場停止と罰金20万円の処分を受けた。「許さない」という言葉は、この退場とは無関係の高校時代の発言である。
鹿島アントラーズのDF津久井佳祐を検索すると、「レッドカード」「出場停止」に加え、「許さない」という強烈な言葉が並ぶ。
このため、「退場をめぐって誰かが津久井佳祐を許さないと言ったのか」「本人が判定に怒ったのか」と受け取った人もいるかもしれない。
しかし、結論から言えば、2026年4月24日の柏レイソル戦で起きたレッドカードと、2023年1月に報じられた『俺はお前を許さないよ』という発言は別の出来事だ。
前者はプロ入り後の公式戦で起きた危険なタックルへの処分であり、後者は昌平高校の主将だった津久井佳祐が、敗戦後に後輩へ奮起を促した言葉である。
この記事では、鹿島アントラーズの津久井佳祐に何が起きたのか、出場停止は何試合だったのか、そして「許さない」という言葉の本当の理由まで、事実を整理して検証する。
鹿島アントラーズ津久井佳祐のレッドカード騒動とは?
津久井佳祐が一発退場となったのは、2026年4月24日に三協フロンテア柏スタジアムで行われた明治安田J1百年構想リーグ・EAST第12節、柏レイソル対鹿島アントラーズ戦である。
試合は金曜日の午後7時にキックオフされ、入場者数は1万3132人。天候は曇り、気温14.7度、湿度69%だった。
鹿島は前半アディショナルタイムの45分+1分、濃野公人が高い位置でボールを奪ってドリブルで進入し、最後は鈴木優磨が決めて先制する。
後半は柏に押し込まれる時間が増えたものの、GK早川友基や植田直通ら守備陣が粘り強く対応。鹿島は1点のリードを守りながら、試合終盤を迎えていた。
津久井佳祐が投入されたのは後半39分だった。
鬼木達監督は最後の交代枠を使い、FWレオ・セアラに代えてDF津久井佳祐をピッチへ送り出した。鹿島としては守備の強度を高め、残り時間を逃げ切る狙いがあったと考えられる。
ところが、出場から約5分後の後半44分、予想外の事態が起きた。
津久井佳祐はドリブルでボールを運ぼうとしたが、タッチが大きくなり、ボールが足元から離れてしまう。そこへ柏のDF杉岡大暉が入り、先にボールを回収した。
津久井は奪い返そうとしてスライディングタックルを試みる。
しかし、その足はボールではなく、杉岡大暉の右脚付近に入った。足裏を見せた状態で接触したため、御厨貴文主審は迷わずレッドカードを提示した。
途中出場からわずか約5分での一発退場である。
試合終盤の1点リードという状況で、守備固めとして投入されたDFが数的劣勢を招いたのだから、鹿島サポーターが肝を冷やしたのは当然だ。
自動車でたとえるなら、ゴール寸前まで順調に走っていたマシンが、最後のコーナーで突然タイヤをロックさせたような場面である。勝利は目前だったが、一歩間違えれば試合全体を失いかねなかった。
それでも鹿島は残り時間を10人で守り切り、1-0で勝利。3連勝を飾り、首位を走るチームとして勝ち点を積み上げた。
勝利したから結果的に大事故にはならなかった。
だが、プレーの危険性まで軽く扱っていいわけではない。結果と行為の評価は分けて考える必要がある。
なぜ津久井佳祐のタックルは一発退場になった?
津久井佳祐のプレーが一発退場と判断された最大の理由は、足裏を相手に向け、過剰な力で右太腿付近へタックルしたと認定されたことである。
Jリーグ規律委員会は、日本サッカー協会が定める競技および競技会の懲罰基準に照らして審議した。
その結果、津久井の行為について、相手競技者の右太腿に対して足裏で過剰な力を用いたタックルであり、「著しい反則行為」に該当すると判断している。
サッカーでは、ボールへ挑んだプレーであっても、相手選手の安全を脅かす方法なら許容されない。
特に問題となったポイントは次の3点だ。
- 足裏が相手選手に向いていた
- 接触した位置が脚の高い部分だった
- ボールを失った直後、勢いを伴って踏み込んだ
津久井本人に相手を傷つけようという意図があったかどうかは、今回の処分を判断するうえで中心的な問題ではない。
競技規則では、選手の胸の内を推測するのではなく、実際の動作、接触位置、強度、相手への危険性などから判定する。
映像上では、ボールが大きく離れた直後に津久井が奪い返そうと焦り、強く足を伸ばした流れが確認されたと報じられている。
つまり、悪意から出たタックルというより、ミスを即座に取り返そうとした判断が遅れ、プレーを止められなかったことが重大な反則につながったと見るのが自然だ。
ここは若いDFにとって非常に重い教訓になる。
守備者には「最後まで諦めずに足を出す勇気」が必要だ。しかし、すでに相手が先に触れる状況では、足を出さずに進路を限定する判断も同じくらい重要である。
熱さだけでは守れない。冷静さだけでも戦えない。
闘争心と危機管理を同時に働かせることこそ、一流の守備者に求められる性能だ。

津久井佳祐の出場停止は何試合?罰金はいくら?
Jリーグは試合から3日後の2026年4月27日、津久井佳祐に対する処分を発表した。
処分内容は、以下の通りである。
処分項目 内容
対象となった試合 2026年4月24日 柏レイソル戦
判定 一発レッドカード
規律上の判断 著しい反則行為
出場停止 2試合
罰金 20万円
欠場対象 4月29日・東京ヴェルディ戦
欠場対象 5月3日・FC町田ゼルビア戦
津久井佳祐が出場停止となったのは、4月29日のEAST第13節・東京ヴェルディ戦と、5月3日の第14節・FC町田ゼルビア戦である。
単なる退場による次節の自動停止だけでなく、規律委員会が「著しい反則行為」と判断したことで、2試合の出場停止と罰金20万円が科された形だ。
プロ選手にとって、罰金ももちろん軽くない。
しかし、それ以上に痛いのは、チームが重要な試合を続けるなかで、ピッチに立つ資格を2試合分失ったことである。
津久井佳祐は2004年5月21日生まれで、鹿島アントラーズでは背番号23を着けるDFだ。身長180センチ、体重70キロで、FC LAVIDAから昌平高校へ進み、2023年に鹿島へ加入した。
加入1年目の2023年は公式戦出場がなく、少しずつプロの競争へ食い込んできた選手である。
若手にとって、途中出場で与えられる数分間は、単なる時間ではない。
監督からの信頼を積み上げる試験であり、次の先発や出場機会につなげるための大切な部品だ。そこで退場してしまえば、本人だけでなく、交代を決断した監督や、残された仲間にも負担をかける。
整備の現場でも、締め付けを急いでボルトを一本傷めれば、その一本だけの問題では済まない。周辺部品を外し、工程を戻し、チーム全体で復旧しなければならなくなる。
今回の退場も同じだ。
津久井一人の5分間のミスでありながら、残り時間はチーム全員が数的不利を背負った。そして処分後の2試合では、選手起用の選択肢まで減らした。
だからこそ、本人には反省だけで終わらず、同じ状況を繰り返さないための具体的な改善が求められる。
「津久井佳祐を許さない」はレッドカードへの批判ではない
検索結果に現れる「鹿島アントラーズ 津久井佳祐 許さない」という言葉は、今回のレッドカード騒動と直接の関係はない。
「許さない」という発言が報じられたのは、津久井佳祐がまだ昌平高校3年生だった2023年1月2日のことである。
第101回全国高校サッカー選手権3回戦で、昌平高校は前橋育英高校と浦和駒場スタジアムで対戦した。
昌平は前半3分、FC東京加入内定だった荒井悠汰のゴールで先制する。
しかし、その10分後に追いつかれ、後半10分には逆転ゴールを許した。昌平も決定機を作ったが得点できず、試合は1-2で終了した。
当時、鹿島アントラーズへの加入が内定していた津久井佳祐は、昌平の主将を務めていた。
試合終了の笛が鳴ると、津久井はピッチに倒れ込み、なかなか立ち上がれなかった。相手選手に声をかけられ、ようやく立ち上がって整列へ向かったという。
津久井には、高校生活で背負ってきた悔しさがあった。
インターハイで負傷し、周囲には大丈夫だと振る舞いながらも、本人にとっては非常につらい時間だった。選手権敗退の瞬間、その記憶が一気によみがえったと明かしている。
そして試合後のロッカールームで、津久井は1、2年生の後輩に厳しい言葉を投げかけた。
報道された発言が、「俺はお前を許さないよ」である。
この一文だけを見ると、後輩を責め立てたように感じるかもしれない。
しかし、発言の前後まで確認すると、意味は大きく変わる。
津久井は後輩たちに、敗戦を自分たち上級生の最後の試合として終わらせるのではなく、自分たちを踏み台にして、もっと上を目指してほしいと伝えていた。
後輩が相手のプレスにひるんでいたことに対し、優しく励ますだけでは本人たちの力にならないと考え、あえて厳しい表現を選んだのである。
つまり「許さない」とは、憎しみや報復を示す言葉ではない。
悔しさを忘れて同じ場所に立ち止まることを許さない、敗戦を無駄にすることを許さないという、主将としての叱咤だったと読み取れる。
レッドカードを受けた津久井佳祐に対して、鹿島の選手やサポーターが「許さない」と発言したわけではない。
また、津久井本人が御厨貴文主審や杉岡大暉に対して言った言葉でもない。
出来事の時期も舞台も意味も異なるため、混同しないことが重要だ。
高校時代の「許さない」と柏戦の退場に共通するもの
二つの出来事は別物だが、津久井佳祐という選手の性格を考えるうえでは、ある共通点も見えてくる。
それは、勝負に対する強い執念である。
昌平高校時代の津久井は、主将としてチームの敗戦を誰よりも重く受け止めた。だからこそ、後輩に対して耳当たりのいい慰めではなく、次の勝利につなげるための厳しい言葉を選んだ。
鹿島加入内定時にも、津久井は自分の持ち味として「勝ちへの執念」を挙げていたと報じられている。
2026年の柏戦でも、ボールを失った瞬間にプレーを諦めず、すぐ奪い返そうとした。
気持ちの向きだけを見れば、勝利のために戦おうとした行動である。
だが、プロの世界では、執念が強ければすべて許されるわけではない。
高校時代の厳しい言葉は、後輩を次のステージへ押し上げるためのものだった。一方、柏戦のスライディングは、相手選手を負傷させかねない危険なプレーとなった。
同じ熱さでも、正しく制御できればリーダーシップになり、制御を失えば反則になる。
ここに、今回の出来事を考えるうえで最も重要なポイントがある。
津久井佳祐に必要なのは、闘争心を消すことではない。
むしろ、持ち前の勝負への執念を残したまま、状況に応じてブレーキを踏める選手になることだ。
DFは、一瞬の判断が失点、退場、負傷につながるポジションである。
相手が先にボールへ到達したとき、無理に奪いに行かず、コースを限定して味方の帰陣を待つ。抜かれそうな場面でも、足を投げ出すのではなく身体を並べる。警告を受けている状況なら、接触の強度を調整する。
そうした判断の積み重ねが、信頼されるセンターバックを作る。

津久井佳祐のレッドカードをどう評価するべきか
筆者としては、今回のタックルは明確に反省すべきプレーだったと考える。
足裏が相手の右太腿付近に入り、規律委員会から「著しい反則行為」と認定された以上、「若いから仕方がない」「勝利への気持ちが強かっただけだ」と擁護して終わらせるべきではない。
杉岡大暉が大きな負傷に至る可能性もあった。
相手選手の安全を尊重することは、鹿島の勝利を願う気持ちとは別に、サッカーを愛する者が守らなければならない一線である。
その一方で、1回の退場だけを切り取り、津久井佳祐という選手全体を危険な選手だと決めつけるのも適切ではない。
今回示された資料では、津久井が繰り返し同種の危険行為を行っているという事実までは確認できない。
プロ選手は、失敗によって評価を落とす。
だが、その後の行動によって評価を作り直すこともできる。
津久井に求められるのは、謝罪の言葉を並べることだけではなく、プレーの選択を変えることだ。
例えば、ボールタッチが乱れた瞬間に「奪い返す」だけでなく、「相手の前進を遅らせる」判断へ切り替える。スライディングに入る前に、相手の身体とボールの位置を見て、接触リスクを計算する。
こうした修正が試合で見えれば、今回の退場は単なる汚点ではなく、成長の分岐点になる。
鬼木達監督は柏戦後、苦しい展開を1-0で終えたことについて、選手たちが誰が出ても愚直に戦う姿勢を誇りに思うと評価していた。
その「誰が出ても」という信頼の輪へ、津久井が再び強く入り込めるか。
出場停止が明けた後の姿こそ、本当の勝負だったと言える。
今後の津久井佳祐に必要なのは闘争心の制御だ
津久井佳祐は、2004年生まれの若いDFである。
FC LAVIDA、昌平高校を経て鹿島アントラーズへ加入し、プロ1年目の2023年は公式戦出場なし。そこから競争を勝ち抜き、少しずつ試合経験を積み重ねてきた。
昌平高校では全国高校サッカー選手権と全国高校総体の優秀選手に選ばれ、主将としてチームを率いた。
高校時代から、守備能力だけでなく、勝敗への責任を背負おうとする姿勢が注目されてきた選手だ。
個人的には、その熱さは津久井佳祐から取り上げてはいけない武器だと感じる。
鹿島アントラーズは、球際で引かず、最後まで勝利を追求する姿勢を大切にしてきたクラブである。津久井の勝負への執念は、その文化と重なる。
ただし、鹿島の「激しさ」は、無謀さと同じではない。
本当に強い守備者は、闇雲に身体をぶつけるのではなく、相手の次の動きを読み、最も危険の少ない方法で攻撃を止める。
プロのDFとしてさらに成長するには、次の3点が重要になると考える。
- ミス直後に焦って飛び込まない判断力
- 相手選手の安全を守りながらボールを奪う技術
- 試合状況と残り時間を踏まえたリスク管理
柏戦は、鹿島が1点をリードして迎えた終盤だった。
この状況では、ボールを完全に奪い返せなくても、相手をタッチライン側へ追い込み、攻撃を数秒遅らせるだけで十分な場面もある。
その数秒で味方が戻り、守備ブロックを整えられるからだ。
草サッカーでDFをしている筆者も、抜かれたくない一心で足を出し、逆に相手へ大きなスペースを与えた経験がある。
焦った瞬間ほど、身体は前へ出る。しかし、頭は一歩引かなければならない。
津久井ほどの才能を持つ選手なら、今回の経験を構造的に振り返り、次のプレーへ落とし込めるはずだ。
車も、高出力のエンジンだけでは速く安全に走れない。
制動力、足回り、運転者の判断がそろって初めて、その力を最大限に発揮できる。
津久井佳祐の闘争心は、間違いなく高出力のエンジンだ。
これから必要なのは、その力を勝利へ正確に伝えるブレーキとステアリングである。
失敗を消すことはできない。
ならば、失敗から学び、同じ場面で違う選択を示すしかない。赤いユニフォームを背負う覚悟を、次は冷静で力強い守備によって証明してほしい。
まとめ
津久井佳祐は2026年4月24日の柏レイソル戦で、途中出場から約5分後に杉岡大暉へ足裏を見せるタックルを行い、一発退場となった。
Jリーグ規律委員会はこの行為を「著しい反則行為」と判断し、津久井に2試合の出場停止と罰金20万円を科した。欠場対象は4月29日の東京ヴェルディ戦と、5月3日のFC町田ゼルビア戦だった。
一方、「俺はお前を許さないよ」という言葉は、レッドカード騒動への批判ではない。
昌平高校時代の2023年1月2日、全国高校サッカー選手権で前橋育英に1-2で敗れた後、主将だった津久井が後輩へ奮起を促すために発した言葉である。
二つの出来事に共通するのは、津久井佳祐の勝利への強烈な執念だ。
ただし、その熱量は正しく制御されなければならない。危険なタックルは厳しく反省し、次は冷静な判断と正確な守備で信頼を取り戻すことが重要である。
退場は終点ではない。
この痛みを成長の燃料へ変え、鹿島の最終ラインを支えるDFへはい上がってほしい。失敗した若武者を見捨てるのではなく、立ち直る姿まで見届けようぜ!
よくある質問
津久井佳祐はなぜレッドカードを受けた?
2026年4月24日の柏レイソル戦で、ボールを奪い返そうとしたスライディングが杉岡大暉の右脚付近に入ったためである。足裏を見せ、過剰な力を用いた危険なタックルと判断され、一発退場になった。
津久井佳祐の出場停止は何試合だった?
2試合である。2026年4月29日の東京ヴェルディ戦と、5月3日のFC町田ゼルビア戦が出場停止の対象となり、併せて罰金20万円が科された。
「俺はお前を許さないよ」と誰に言った?
昌平高校3年時の全国高校サッカー選手権敗退後、1、2年生の後輩に向けて伝えた言葉である。レッドカードへの発言ではなく、敗戦を無駄にせず、翌年度にもっと上を目指してほしいという叱咤だった。


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